2021/12/17
2022/04/01
旅行業に必要な基準資産額の計算方法や足りない時の対処法を解説!
旅行業の新規登録や更新申請の際に、特に気になるのが基準資産額です。これを満たしていないと旅行業を行うことはできません。そんな大切な基準資産額ですが、「わが社が基準資産額を満たしているのかどうかが分からない」というご相談をよく頂きます。そこで旅行業登録を専門で取り扱う行政書士が、基準資産額の概要や計算方法について丁寧に解説します。
「もし、基準資産額が足りない場合はどうしたらいいの?」という疑問にお答えするために、基準資産額を満たしていなかった場合の対処方法も解説しているので、是非参考にして下さい。
1.旅行業登録に必要な「基準資産額」とは
まず、「基準資産額」とは、いったいどういうものなのかについて解説します。
「早く基準資産額の計算方法が知りたい」という方は、「2.自社が基準資産額を満たしているかを計算する方法」からご覧ください。
1-1.基準資産額の概要
旅行業法では、旅行業登録の要件のひとつに、「財産的基礎」を有することを求めています。「財産的基礎」とは、旅行業者が適正に業務を運営し続けていくために必要とされる財産のことをいいます。
そこで、申請者が財産的基礎を有していること判断するために、資産額の基準を設けて、この基準に達している申請者については、財産的基礎を有していると判断しています。
この財産的基礎の有無を判断するための「基準」のことを、基準資産額と言います
基準資産額は、登録区分ごとに設定されています。
1-2.登録種別ごとの基準資産額
次に登録区分ごとの基準資産額を確認しましょう。
基準資産額は、国土交通省令である旅行業法施行規則で以下のように規定されています。
登録区分 | 基準資産額 |
第1種旅行業者 | 3,000万円 |
第2種旅行業者 | 700万円 |
第3種旅行業者 | 300万円 |
地域限定旅行業者 | 100万円 |
※旅行業法施行規則第3条を基に、行政書士つなぐ法務事務所にて作成
1-3.なぜ、旅行業登録に財産的基礎が必要なのか。
旅行業登録を行う事業者に財産的基礎が求められる理由は、旅行業者を財政的に安定させることで、この旅行業者と取引を行った旅行者(消費者)を保護することにあります。
そもそも旅行業法の目的は、「旅行業務に関する取引の公正の維持」「旅行の安全の確保」「旅行者の利便の増進」など、いわゆる旅行者(消費者)の保護にあります(旅行業法第1条)。
これらの目的を達成するためには、旅行業者が安定的に運営されて、適正な商品・サービスを消費者に提供できることが必要で、それには旅行業者が財産的に安定している必要があります。
そこで旅行業法は、旅行業務を行うことの条件のひとつとして、財産的基礎を有することを旅行業者に求めているのです(旅行業法第6条第10項)。
2.自社が基準資産額を満たしているかを計算する方法
「基準資産額って資本金の額ですか?」という質問を頂くことがありますが、基準資産額と資本金では算出方法が異なります。ここでは、自社の基準資産額を算定する方法について見て行きましょう。
2-1.基準資産額の計算式
基準資産額の計算方法について、旅行業法施行規則第4条では、「資産の総額から負債の総額および営業保証金または弁済業務保証金分担金を控除した額が基準資産額である」と規定されています。
ただし、資産の総額について、条文にはかっこ書きで「創業費その他の繰延資産および営業権を除く」と記載されています。
その為、基準資産額を計算する際には、繰延資産と営業権も資産総額から除く必要があります。
これに加えて、旅行業法施行規則第4条第2項では、貸借対照表の価額と実際の価額に明確な差異がある場合は、実際の価額に基づいて計算することになっていて、特に不良債権化しているような資産がある場合は、これも資産総額から除かなければいけません。
以上の内容を踏まえて、基準資産額の計算式は以下の通りになります。
a:資産の総額
b:負債の総額
c:繰延資産
d:営業権(のれん)
e:不良債権
f:営業保証金または弁済業務保証金分担金
基準資産額=a-b-c-d-e-f
ちなみに冒頭で出てきた「基準資産額って資本金のことですか?」という質問ですが、資本金の計算式は、
純資産=資産の総額(a)-負債の総額(b)
資本金=純資産-資本準備金-利益剰余金
ですから、資本金と基準資産額は違うものだということが、おわかりいただけたかと思います。
2-2.基準資産額の計算に必要な数字
次に、基準資産額の計算式にでてくる各項目について解説していきます。
2-2-1.資産の総額
資産とは、「現金・預金などのお金」や「売ればお金になるもの」など、会社が持っている財産のことをいいます。
貸借対照表の左側の資産の合計額が、「資産の総額」にあたります。
2-2-2.負債の総額
負債とは、「借入金」や「支払手形」など、財産の元となったお金のうち他人資本(=借金)のことをいいます。
貸借対照表の右側の負債の合計額が、「負債の総額」にあたります
ちなみに、資本金の計算式に出てきた純資産は、自己資本です。
2-2-3.繰延資産
繰延資産について、旅行業法施行要領では、繰延資産とは「会社会計規則第74条に規定する繰延資産」ことをいうと規定しています。
具体的には以下の5項目になります。
種類 | 内容 |
株式交付費 | 株式の交付等のために直接支出した費用 |
社債発行費 | 社債発行のため直接支出した費用。新株予約権の発行に係る費用を含む |
創立費 | 会社の負担に帰すべき設立費用。発起人への報酬、設立登記の登録免許税等 |
開業費 | 会社成立後営業開始時までに支出した開業準備のための費用 |
開発費 | 新技術、資源開発、市場開拓等に支出した費用 |
※企業会計基準委員会「繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い」を基に、行政書士つなぐ法務事務所にて作成
この繰延資産は、貸借対照表上では資産として計上されているのですが、基準資産額を算定する際には、資産の総額から除かなければいけません。
2-2-4.営業権
営業権とは、「会社計算規則第74条に規定するのれん」のことを言います(旅行業施行規則より)。「のれん」とは企業間における買収や合併時に出てくる概念です。
たとえば、純資産10億円の会社を30億円で買収した場合、生まれる差額20億円が「のれん」と呼ばれます。
この差額の20億円は、買収された企業のブランド力や技術力などの目に見えない資産価値をお金に換算して、純資産額に上乗せしたものといえます。
そこで、こうした「のれん」は、無形固定資産として計上して、20年以内の期間で減価償却されます。
基準資産額を算定する際には、「のれん」は資産の総額から除かなければいけません。
2-2-5.不良債権
旅行業法施行規則第4条第2項は、貸借対照表の価額と実際の価額に明確な差異がある場合は、実際の価額によって計算することとしています。
ということは、貸借対照表にある資産の価額よりも、実際の評価額の方が低い場合は、その差額分を資産の総額から減額しなければならないことになります。
国の通達である旅行業法施行要領では、「回収不能と認められる資産」および「債権の存在があきらでない資産」の2つの資産について、資産の総額から除かなければならないとしています。
「回収不能と認められる資産」とは、例えば、売掛金や未収金の中に、取引先が倒産していて回収不能になっているものがあげられます。
「債権の存在があきらでない資産」とは、経営破綻して営業が停止しているようなゴルフ場の会員権などが上げられます。
これらの資産は、会計上は資産として計上されていても、実際は資産価値のない不良債権です。
基準資産額を算定する際に、不良債権化している資産についても、資産の総額から除かなければいけません。
2-2-6.営業保証金または弁済業務保証金分担金
旅行業登録の際には、必ず「営業保証金の供託」もしくは「弁済業務保証金分担金の納付」を行わなければいけません。
そこで、基準資産額を算定する際には、これらの費用についても資産の総額から除かなければいけません。
営業保証金および弁済業務保証金分担金については、以下の記事で詳しく解説していますので、ご興味がある方はご覧ください。
営業保証金を供託するってどうするの?制度の概要や必要な金額も詳しく解説
旅行業協会と弁済業務保証金分担金。営業保証金との違いも徹底解説!
2-3.基準資産額の計算の仕方の具体例
それでは、更に具体的に基準資産額の計算の仕方を確認していきしましょう。
登録申請者の状況を想定して、以下の3つのパターンに分けて解説します。
・新たに会社設立した法人
・決算を1度以上行った法人
・個人事業主
2-3-1. 新たに会社設立した法人の場合
新会社を設立して旅行業登録を行う場合は、開始貸借対照表から基準資産額を算出します。
ただ、会社設立時というのは、資産の部は現金・預金のみで、負債は0となっていることが多いと思います。
例えば、現金・預金=1,000万円、負債=0円、資本金=1,000万円で新会社を設立して、旅行業協会に入会して第2種旅行業登録を行う場合、基準資産額は以下のようになります。
a:資産の総額=1,000万円
b:負債の総額=0円
c:繰延資産=0円
d:営業権(のれん)=0円
e:不良債権=0円
f:弁済業務保証金分担金=220万円
基準資産額
=a-b-c-d-e-f
=1,000万円-0円-0円-0円-0円-220万円
=780万円
第2種旅行業者に必要な基準資産額は700万円ですから、この会社は基準資産額を満たしていることになります。
2-3-2. 決算を1度以上行った法人の場合
決算を1度以上行った法人が旅行業登録を行う場合は、申請前直近の事業年度で作成した貸借対照表から基準資産額を算出します。
決算を行っている法人は、それまでの営業活動で様々な勘定科目が発生しているので、繰延資産や営業権(のれん)、不良債権にあたるものが無いかを注意深く確認する必要があります。
これらの額が確定したら、上記の式に当てはめて算出された額が現在の基準資産額となります。
なお、法人で更新申請を行う場合も、基準資産額の確認方法は、このバターンになります。
2-3-3.個人事業主の場合
個人事業主で旅行業登録を行う場合は、貸借対照表は使用せず、代わりに「財産に関する調書」という書類を作成します。
調書は「資産」と「負債」で構成されていて、資産には「現金・預金」「有価証券」「未収金」など、負債には「借入金」「未払金」「預り金」などの項目があるので、項目ごとに金額や摘要を記載します。
なお、資産については金融機関などが発行する預金残高証明書等により、調書に記載されている金額が確認できなければいけません。
こうして算出した資産の総額から負債の総額を除したものが、基準資産額となります。
個人事業主で更新申請を行う場合も、基準資産額の確認方法は、このパターンになります。
3.基準資産額が足りなかった時の対処方法
最後に、計算してみたら基準資産額が足らなかったという場合の対処法についても確認していきましょう。
具体的な対処方法は次の4つです。
・増資
・贈与
・債務免除
・所有不動産の再評価
なお、「基準資産額が足りなかったら、融資をうければいいですか?」というご質問を頂くのですが、融資は借入です。資産が増えると同時に負債も増えてしまうので、意味がありません。ですから基準資産額が不足する場合は、借入によらない方法で対処する必要があるので覚えておきましょう。
それでは、それぞれの対処方法について解説します。
3-1.増資
不良債権の項目でご紹介した旅行業法施行規則第4条第2項は、「貸借対照表の価額よりも実際の価額の方が高い場合」についても規定しています。
この部分について、旅行業法施行要領では「増資」「贈与」「債務免除」があったことを証明できれば、資産の総額や負債の総額を変更できるとしています。
増資とは、株式会社が資本金を増加させることを言います。具体的には、株を新たに発行して、既存の株主や第三者から出資を受けます。
増資を行った場合は、これを証明する書類として、増資が記載された登記簿謄本が必要になります。
3-2.贈与
贈与とは、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与えることをいいます。増資との違いは、増資をおこなった者は金銭との引き換えに株式を取得しますが、贈与をおこなった者は何も取得しません。
贈与を行った場合は、これを証明する書類として、贈与を行ったことが記載された公正証書および入金を証明する書類が必要になります。
なお、贈与には贈与税が課税される場合があります。これは贈与者・受贈者のどちらも対象になりますので、事前に税務署や税理士に確認をしておくと良いでしょう。
3-3.債務免除
増資・贈与は、資産を増やすことで基準資産額を満たす方法ですが、債務免除は、逆に負債を減らすことで基準資産額を満たす方法です。
債務免除とは、今ある債務(借金)を無かったことにしてもらうことをいいます。
債権者からすると簡単に応じられる話ではありませんが、債務免除を利用する場面でよくあるのは、申請者である会社のオーナーが、個人として会社に貸し付けを行っているような場合です。
債権者が債務免除に応じれば、負債の総額を減らすことができます。
債務免除を行った場合は、これを証明する書類として、債務免除を行ったことが記載された公正証書が必要になります。
3-4.所有不動産の評価額の再評価
資産の増加が認められる場合について、旅行業法施行要領では「資産の再販売価格が、基準資産額に計上されている額を上回ることを証明できる場合」もあげられています。
例えば、貸借対照表に計上されている土地の価額よりも、実際の評価額の方が高い場合などが当てはまります。
土地の価額を実際の評価額で計上する場合は、これを証明する書類として、不動産鑑定評価書や固定資産評価証明書などが必要となります。
4.まとめ
基準資産額の概要や計算方法、足りない時の対処方法などについて詳しく解説してみましたが、いかがだったでしょうか?
基準資産額を満たしていなければ、旅行業登録はできません。特に株式会社の場合、基準資産額を念頭において資本金の額を決めておかないと、追加で増資等を行わなければならなくなり、余計な費用や時間を取られてしまうことになります。
また、基準資産額は、5年に1度の更新の時点でも、その額を満たしていなければいけません。もし1円でも足りなければ、その時点で旅行業務を行うことはできなくなってしまいます。
このように、旅行業務を始めるためにも、続けていくためにも、基準資産額を正確に把握することは大切なことですので、正確に理解をしておきましょう。